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東京地方裁判所 平成9年(ワ)19929号 判決 1998年9月07日

《住所省略》

原告

初見勝

東京都千代田区大手町1丁目5番5号

被告

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

山本惠朗

右訴訟代理人弁護士

杉本幸孝

米倉偉之

髙木裕康

中村優子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求(原告の求めた裁判)

平成9年6月27日開催の被告の第130回定時株主総会における決議を取り消す。

第二事案の概要等

一  本件は,被告の株主である原告が,平成9年6月27日開催の被告の第130期定時株主総会において原告がした質問に対する被告の対応等が不適切であり,その結果,決議の方法が著しく不公正であるとして,同総会における決議の取消しを求めた事案である。

二  基本となる事実(当事者間に争いがない。)

原告は被告の株主であり,平成9年6月27日開催の被告の第130期定時株主総会(以下,「本件総会」という。)に出席して質問を行った。

本件総会においては,被告の平成9年3月31日現在の貸借対照表,第130期(平成8年4月1日から平成9年3月31日まで)の事業にかかる損益計算書及び営業報告書の報告がされた後,第130期利益金処分計算書案の承認,定款の一部変更(名義書換代理人を置くこと等),取締役全員の任期満了による新取締役36名の選任,監査役4名の選任,退任取締役並びに退任監査役に対する退職慰労金贈呈の各案件について議決がされた(これらを一括して以下,「本件決議」という。)

三  争点

1  原告の主張

(一) 本件総会は,他の上場企業2350数社と同一の日時に株主総会を開催するという極めて不公正な手段で開催された株主総会である。

(二) 被告と特別利害関係を有する被告の従業員でもある株主を出席させて,非合理的に議事の進行,議決等を行った。

(三) 銀行の計算書類の附属明細書の営業経費の項については,銀行法20条,同法施行規則22条によって,総ての費用について,監査役が監査をするについて参考となるように記載することが義務づけられている。

しかるに,被告の第130期(平成8年4月から平成9年3月まで)の事業にかかる計算書類には,①被告が無償でした財産上の利益の供与,②自己否認をして課税対象となる費用と非課税の費用の区別,③使途不明金(法人税法基本通達9-7-20),④役員へ渡しきりの費用で精算を求めないもの(同通達9-2-10(九)),⑤小額備品の取扱規定による費用等の記載が全くなく,法定の記載義務が果たされていない。

よって,右計算書類について,法令定款に違反する事実はなく,公正かつ妥当であり,特に指摘する事項はないとする内容の監査報告書は,事実に反する無効なものである。

(四) 原告は,監査報告書について,前記問題があることを指摘し,前記(三)①ないし⑤の金額について説明を求めた。

これに対し,被告は,使途不明金等に該当する様な不当な費用の支出はない,その他については,監査報告書にあるとおり正しく行っており,何の問題もないものと思っている旨の虚偽の回答,答弁,説明をした。

また,使途不明金の算出方法及びその存在が損金不算入項目費用内にあることを指摘する原告の質問に対して,確たる回答,説明をしなかった。

(五) 議長が,権限を濫用して,強行に議事を進行し,従業員である株主の協力を得て,原告の質問を妨害した。

(六) 議長が,原告が質問を継続している途中で,質問を打ち切り,マイクを奪い取り,他の質問者の質問に移行させ,議事の進行を強行した。

その結果,原告は,その後に予定していた,被告がメインバンクの立場で関わっている飛島建設の再建計画についての質問をする機会を奪われた。

(七) 被告は,いわゆる総会屋であるAから函館市において同人が開発を予定していたとされているリゾート会員権(1口4000万円)を3口分購入したが,同リゾートは全く開発が行われておらず,実体が存在していないので,右会員権は無価値である。

これが被告の計算書類中に資産として計上されている模様であるが,資産価値のない資産を計算書類に資産として計上することはできないから,被告の営業報告書には,商法285条違反の疑いがある。

2  被告の主張

(一) 附属明細書の記載について

本件附属明細書は,銀行法22条に基づき同法施行規則20条2項で定める様式第8号に従い正しく作成されている。同様式における記載上の注意書きは,無償の利益供与に関するものであり,かつ,直接に無償の利益供与に関する明細の記載までは求めておらず,監査役の監査の参考になる記載を求めるにとどまる。そして,無償の利益供与については,様式どおり「諸会費・寄付金・交際費」などを区分掲記することにより,監査役の監査に参考となるように記載されており,問題はない。

そもそも,附属明細書は,株主総会における報告事項ではなく,その記載の不備が仮にあったとしても,これが直ちに計算書類及び監査報告書の適法性や,株主総会の審議の適法性に影響を及ぼすことはない。

(二) 説明義務について

原告の主張する事項(前記1(三)①ないし⑤)については,総会の目的の事項に関連しないか,または,会議の目的の事項の合理的な判断のために必要と認められない質問であるから,いずれも被告に説明義務がない。

無償でした財産上の利益の供与の有無及びその金額については,原告からの質問はなかった。その他もいずれも税務処理に関するものであって,商法の会計処理に関するものではないから,会議の目的事項に関係せず,さらに,附属説明書の記載を超える詳細すぎる内容のものであるから,被告が説明を必要とする事項の範囲を超えている。

また,原告の質問に対し,被告は適切な回答を行っている。

前記1(三)③及び④については,いずれも該当するものはない旨を回答している。また,前記1(三)②については,議長が,税務に関わる細部の質問であり,総会で説明する範囲を超えていること,決算数値等については会計監査人,監査役双方から適正である旨の監査報告を受けており,総て適正に処理されている旨を回答している。

(三) 議長の議事整理について

被告の従業員である株主が出席していたとしても,これが議事を妨害した事実はなく,議長がこれを利用して議事を強行したこともない。

議長が,長く複雑な原告の質問を整理するため,簡潔にするよう求めたり,質問をまとめたりしたことはあるが,議事整理権の濫用にあたるような事実はない。

議長が適切な議事整理として,原告の質疑を打ち切りマイクの返却を求めたことを受け,原告が場内整理員にマイクを返戻したのであり,マイクを強引に取り上げさせ議事を強行した事実はない。原告の質問は約20分間にわたり続けられ,一株主の通常の質問時間に比して十分な時間を使っており,また,質問の対象は附属明細書の営業経費欄の一点に終始しており,他の事項につき質問する様子もなく,質問に対する説明も十分に尽くされた状況にあった。そして,質問中,他の株主から議事進行を求める発言が何度も出されていた。このような中で後続の質問者に質問する機会を与えるため質問を打ち切ったとしても,議長の正当な議事整理権の範囲内であることは明らかである。

(四) リゾート会員権の資産計上について

被告の計算書類上,原告指摘の会員権に関し会計処理の違反はない。

(五) 飛島建設に関する質問について

原告が原告主張の事項につき質問しようとした事実はないから,議長の議事整理につき権利の濫用はない。

第三争点に対する判断

一  原告主張の争点1(一)の事実のみでは,本件総会が,極めて不公正な手段で開催されたとはいえない。

二  原告主張の争点1(二)の事実については,乙二号証によれば,出席株主中に,原告の質問中に「議事進行」と発言したり,被告側の答弁後に「了解」と発言する者がいた事実が認められるが,同証拠及び原告本人尋問の結果によっても,これらの発言によって原告の質問が妨害されたとは認め難いので,これらの株主が被告の従業員であったとしても,本件決議の効力に影響を及ぼす事実があったとはいえない。

三  原告主張の争点1(三),(七)の事実については,本件決議の効力に影響を及ぼす事実に該当せず,また,銀行法20条,同法施行規則22条が,銀行の計算書類にかかる附属明細書において,営業経費の項目に,自己否認をして課税対象となる費用と非課税の費用の区別,使途不明金,役員へ渡しきりの費用で精算を求めないもの等の費用の明細を明記すべき義務を課しているとは解し得ない。

四  原告主張の争点1(四)の事実のうち,同1(三)①,②及び⑤の事項については,原告がこれらの金額等について質問した事実を認めるに足りる証拠がない(乙二号証により認定。質問したとする原告の本人尋問における供述は,同証拠に照らし採用できない。)から,これに対する被告の回答の当否が問題となる余地はない。

同1(三)③及び④の事項については,被告の専務取締役の小倉利之が,いずれもこれらの費用は存在しない旨の回答をしており(③については,当初,内容が非常に詳細にわたる事項であるとの理由で説明を拒否していたが,最終的には回答している。乙二号証により認定。),その内容が虚偽であると認めるに足りる証拠はない。

五  原告主張の争点1(五)の事実については,乙二号証により認めることができる議長の議事整理の具体的状況を検討しても,議長の議事整理によって原告の質問が妨害された事実(後記六の問題を除く。)は認めることができず,その他,右妨害の事実を認めるに足りる証拠はない。

六  原告主張の争点1(六)の事実のうち,原告の質問の打切りについては,乙二号証によれば,原告が,使途不明金の存否につき,その存否及び額を検証する方法を説明しながら,質問を継続している途中で,議長が原告の質問を打ち切った事実を認定することができる。

しかし,乙二号証及び原告本人尋問の結果によれば,右打切りは,原告が,約20分にわたって計算書類の付属明細書中の営業経費に関しての質問を継続しながら,使途不明金について,存在しない旨の回答を受けた後も,これに納得せず,議論に及ぶに至った後に行われたものと認めることができるところ,このような状況下での質問打切りは,一方で原告は既に質問に対する回答を得ているから,質問権を害されることはなく(株主は,株主総会における質問権を有するが,主観的に納得できる回答を得るまで質問を継続する権利までは有しない。),他方で,他の株主の質問の機会を確保する必要もあることを考慮すれば,適正な範囲内の議事整理権の行使であったと認めることができる。

そして,マイクの取上げの点については,原告の本人尋問における供述によっても,議長から質問を打ち切られた後に,会場整理員と思われる者に,後方からすっと持っていかれたというのであって,時機において被告の質問権を侵害することはなく,態様も違法な有形力の行使を伴うものではないから,これ自体を違法または不当と認める余地はない。

さらに,飛島建設の再建計画についての質問をする機会を奪われたとの主張については,議長が原告に右質問をする意思があることを認識していた事実は認定できないから,原告の質問の打切りという議長の議事整理権の行使により,結果として原告の右質問の機会が奪われたとしても,右議事整理権の行使を違法ないし不当と認める余地はない。

七  以上によれば,本件決議に取消事由を認めることはできない。したがって,本件請求は理由がないので,これを棄却する。

(裁判官 中山顕裕)

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